高専カンファレンス5周年と、僕の5年と、その祝辞 - blog.jgs.me

[http://www.slideshare.net/igaiga/ss-1086161 高専カンファレンスダイジェスト ] from [http://www.slideshare.net/igaiga Kuniaki Igarashi ]
なんか全体的になつかしさを感じますね。写真も残っていました。

僕だ・・・!配信をしているっぽい・・・!
そのあと、 015nara 017ishikawa に参加しました。タイムテーブルを振り返ってみると、015naraのじゅーんさんの発表がメチャ面白くて自分もあんな楽しいセッションしたいなあ、っていうモチベーションでつくったのが017ishikawaでした。思い出すだけでメッチャ恥ずかしいけれど…。
なつかしい!

僕だ・・・!
それから参加したのが 014tokyo でした。 014tokyoはこれまで参加してきた高専カンファレンスの中でもとりわけ好きな開催で、昼ごはん代をケチったり、両親に「高専カンファレンスというイベントがあってね・・・」と説明して旅費をねだったりしてなんとか高速バス代を捻出して参加した開催でした。アンカンファレンスという形式も楽しかったし、大きい規模の開催もはじめてだったし、インターネットでしか知らないひととはじめて会ったりもしたし、いろんなことが楽しかったことをおぼえています。中でも、その実行委員長挨拶は僕の人生を大きく変えた数分だったし大好きなセッションです。あのセッションがなかったら進学していたかどうかもわからないし、高専を出て活動をしたりしなかったかもしれなくて。高専を出た今はそこまで頻繁に見返すことはないのですが、在学中はよくスライドを見返しては元気をもらっていました。(参考: I am Electrical machine: 高専とは何か、そしてまた私はいかにして高専に人生を狂わされるようになったか )

[http://www.slideshare.net/igaiga/014tokyo 高専カンファレンス014tokyo 実行委員長挨拶 ] from [http://www.slideshare.net/igaiga Kuniaki Igarashi ]
この話をどうしてもいがさんに伝えたくて、アフターパーティのときにお話したら喜んでいただけて僕も嬉しかったです。あんまり感極まっちゃってつい涙腺がゆるんでしまったけれど。見返してみると内容がすごいズルいよね、だとかこの資料をつくったときに考えていたことなんかも聴けてすごくよかったです。 014tokyoのあとは 021numazu で沼津勢と仲良くなったり、 022kobe で高専卒の父と2人でセッションしたり、 023shikoku に突撃したり、 027hokurikurb 028mie 034nagano 026osaka 032ibaraki と精力的に参加していきました。そして、 035nagaoka では運営を手伝いました。 この035nagaokaも僕にとっては感慨深い開催です。現役学生だけな運営だったけれど、みんなで一体感を持って「カンファレンスを創りあげていくんだ」っていう熱意で取り組みました。学園祭と並行しての開催のため学園祭をツアーで回る企画や、「懇親会といっても我々コミュ障ばっかりだしどうしよう」みたいな意見から楽しい懇親会を企画したりと、楽しくなるようにみんなでがんばりました。(参考: I am Electrical machine: 高専カンファレンスin長岡を終えて )

開催自体もすごく楽しくて、開催後はやりきった感MAXでした。
その後 038tokyo 054nara を経て、今回の071kc5partyへとたどり着きました。高専カンファレンスの5年は僕の高専生活5年でもあります。そして、高専カンファレンスという補助輪を付けてもらって高専生活を楽しく有意義に過ごすことができました。だから、僕はこの5年を振り返って心の底から 「高専カンファレンスがある時代の高専に入ってよかった」 とおもっています。g91周辺な高専カンファレンスキッズたちに同じような想いを抱いているひとがいたら嬉しいなあ。そして僕らの後輩たちにもちょっとでも、こうやっていい意味で人生狂わされるひとがいたらいいな、とも思っています。 時間をちょっと戻して昨年の夏(054naraと071kc5partyの間)のことです。021numazuのときに知り合った紅林さんと2人で飲みに行ったときに「こういうふうに思ってるんで、高専カンファレンスになんかコミットしたいですヨー」みたいな相談をしました。そのときの紅林さんの回答は今でもおぼえていて(本人は忘れてるかもだけど)「じぐそうくんはまだそんなこと全然考えなくていいから、自分のことを全力でやってすごいことやって、高専カンファレンスに人生を狂わされるロールモデルになるべきだよ」とアドバイスされました。なるほど、とおもって一旦高専というフィールドのことは脇に置いて大学生という身分を活かして、高専卒(038tokyoの後に高専を卒業しました、参考: I am Electrical machine: 卒業しました )という身分を活かして意識的に他のフィールドに飛び込むようにしていきました。高専カンファレンスの体験があったから、勇気を持ってそういうことができたような気がしています。その甲斐あって、他のフィールドの面白いひとに出会ったり、貴重な体験ができたり、より人生が楽しくなりました。それからだいたい一年ぐらい経った今回のアフターパーティーのとき、紅林さんが「じぐそうくんさあ、すげえ若い子とかが出てきたりするような高専カンファレンスとかやっちゃってよ」的なことをおっしゃってて、ウワーって。やっぱそうだよなあ、って。僕たち高専カンファレンスキッズが次の高専カンファレンスをプロデュースしていかなきゃな、って。すごくおもいました。 高専カンファレンス50年周年パーティを開いたり、「 初代実行委員長・大日向大地を偲ぶ会 」をやったり、1人でも多くの高専生が高専カンファレンスに参加してちょっとだけ幸せになったり、その後の人生がうんと面白く変わったりするようになコミュニティとして在り続けるためにも、この5年の恩恵をたくさん受けてきた僕たちがやらないで誰がやるんだよ!と強く思っています。なーんて書いてると、じゅーんさんの「やりたいことやればいいんだよ〜」が脳内再生されるので、あんまり肩肘張らずにいたいです。 5年のあいだに、30人弱だったイベントが100人強を集めるようになり、当時一年生だった高専生たちは(留年してなければ)卒業し、20代前半だったひとはアラサーになり、カミカミで早口な発表をしていた僕は涙もろいオッサンになりました。5年のあいだに、3000人以上のひとが「高専カンファレンス」に関わって、3000人以上のひとたちが「高専カンファレンス」を軸にたくさんの物語を持っているんだとおもうと胸が熱くなります。目頭も熱くなります。この記事を書くにあたって、たくさんのテキストを読んだり、写真をみたり、映像を視聴したりして「ああ、こんなこともあったなあ」って思いだして記事を書く手が全く進まなくなったりしました。せっかくの機会なのでみなさまの5年をこそっと聞いてみたいです。ついでにこそっと 高専カンファレンスエフェクト #kosenconf に投稿したりなんかもしていただけると、見つけやすいので嬉しいです。 長くなりましたが、これが僕の祝辞です。 最後に。この5年間で書ききれないぐらいたくさんのひとにお世話になりました。本当にありがとうございます、これからもよろしくお願いいたします! 次の5年も楽しくやっていこう、パーティはまだまだはじまったばかりよ。

June 17th, 2013 11:41am kosenconf kosenconf-071kc5party 高専カンファレンス
original: http://blog.jgs.me/post/53159180726
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筆者について

jigsaw(ジグソウ、1991年6月12日-)は日本のプログラマ、会社代表。本名は小林貴也(こばやし たかや)。主にウェブ、フロントエンド領域で活動している。カミング・スーン合同会社の代表社員。
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