「アプリをとる」という言い回しをするひと - diary.jgs.me

新しいモノや動作に対して行う行為の呼び方を、僕たちはそれぞれの感性や周りとのコミュニケーションで洗練させてゆく。例えばテレビは地上波放送が始まってからもう5-60年経過するけれど、番組が放送されている状態に対して呼び方は様々だ。僕はテレビ番組が放送されていることを「流れている」と表現することが多い。これはきっとテレビ局の流す電波がストリームだと認識していて、テレビでその流れている様子を見るからそう呼ぶのが腑に落ちるのだとおもう。ひとによっては「かかる」っていう人もいるし、「入る」っていう人もいる。それぞれになにかしらのイメージがあって、それを言語化する時点でそういうふうに呼ぶのが腑に落ちるのであろう。
さて、つい30年ぐらい前までは巨大だったコンピュータがパーソナルコンピュータを経てモバイルコンピュータへとシフトし、そしてApp Storeでアプリケーションソフトウェアは春を迎えた。5周年を迎えたiOSのApp Storeのレビューを読んでいると、「このアプリとってよかった」「みんなとるべき」のようにアプリケーションに対して「とる」と表現するひとたちが一定数いる。僕なんかはアプリケーションは「ダウンロード」するものなので、「とる」という言い方はなんだかしっくりこない。取る、採る、捕る、盗る。どの漢字でもしっくりこない。「とる」という語には「AにあるものをBに移す」「Aの所有権をBに移す」というような印象があるからかもしれない。対して「ダウンロード」はつまるところ「コピー」である。「AにあるものをA'に写す」というような印象である。なので、「落とす」という語が近いのかもしれない。
だからどうしたというわけはないのだけれど、そうやって考えてみると言語というのはかなり柔軟だなあとおもった。今でこそ、部屋の明かりを「つける」と呼ぶけれど、もしかしたら先人たちは別の呼び方をしていたかもしれない。
言語って不思議。

July 13th, 2013 2:28am
original: http://diary.jgs.me/post/55270421237
#20130713 #0713

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筆者について

jigsaw(ジグソウ、1991年6月12日-)は日本のプログラマ、会社代表。本名は小林貴也(こばやし たかや)。主にウェブ、フロントエンド領域で活動している。カミング・スーン合同会社の代表社員。
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