ホモソーシャル感

またの名を男子校感
お呼ばれしたイベントをクサすのもどうかとおもったものの、あまりにモヤモヤしてどうしようもなくて吐き出すために書き始めてしまった
歳を重ねる毎に、高専時代を連想するようなホモソーシャル感が苦手になりつつあって、それなりの人数がいて、かつ男性側が支配的な人数で、ホモソコミュニケーションを公衆公然にやっているのを傍から見ているのはかなりツラい
詳しくは書かないけど、それはもうハラでは?という極致ぐらいのイベントもあって結構メンタルが抉れた
ホモソコミュニケーションを全面的に否定したいわけじゃない
少人数で、尚且男性のみ、場の合意形成が取れているというケースではラインを超えたやりとりで盛り上がれて楽しいというのは分かる
仲間というのは共に一線を超えることで深化するものであるという主張も分かる
分かるが、ホモソコミュニケーションを取らないと楽しめないコミュニティというのは果たして健全で実りあるコミュニティなのだろうか?
組織として、そういったコミュニケーションを許容しているということを合意形成の上でやっているのならいいのかもしれないが、その組織もそんなコミュニケーションがないと成り立たないというのは不健全な状態なのではないのだろうか
いつ自分が加害者になるか分からない、という恐怖と常に背中合わせでいるのでとにかくハラハラする
自分が加担していなかったとしても、その場で止めに入らなかったわけだし外から見たら共犯と取られてもおかしくないわけで
たまに「この人たちには言ってもいいかな?」とおもって自分の意見を開陳することが何度かあったが「とはいえ、現実世界では業界的にも男性が多いジャン?それに迎合していかないと組織を拡大できないジャン?」というような主張を受けたのだけど、それは採用の怠慢を正当化しようとしているだけだとおもう
果たして、こういう小さなストレッサーをフィルタリング、ゾーニングできるような仕組みはテクノロジーによって可能なんだろうか?
ブラック・ミラーでそのような話の回があった気がするが、ビターな終わり方だった気がする
ただでさえ、人間は見たいものしか見ないのに、見たくないものをシャットアウト(今でもミュートとかいろいろな方法があるけど、もっと踏み込んだ形で)してしまったら精神にはどう影響するのだろうか?

#20190401 #0401

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筆者について

jigsaw(ジグソウ、1991年6月12日-)は日本のプログラマ、会社代表。本名は小林貴也(こばやし たかや)。主にウェブ、フロントエンド領域で活動している。カミング・スーン合同会社の代表社員。
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